夢先案内人の忘備録

夢・幽体離脱・ヴィジョン視

音の夢

山中湖で富士山を上から下の裾野まで綺麗に巨大に見た。そこで撮った写真を見ていたら急激に眠くなってしまい、しかも一枚はA-shaさんが撮った龍のような雲の写真で
その写真をじーっと見ていたらバタっと眠ってしまった。

今思い出せるのはいつもの、地球に帰ってくる時にみる階層の部分の断片だけである
それでもなんとかもう少し上のかけらを微細に感じて夢の中で感動して
覚えていたのに、忘れてしまった。のには訳があるのだった。
覚えているどうでも良いところだけ書いておく

20190509 22:00の夢
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天空のエレベーターホールにいる、そこからいくつかあるうちのエレベーターを選んだ
一つに入ろうと思ったけれど人がたくさんのっているので
そこはやめて
隣のところへ入ったら一人のおじさんだけだった。
各階にたくさんの人が待っているのがなぜか見えるというかわかるのだけれど
このエレベーターは特急で1Fまで降りようとしている。
そして斜め下に動く透明のエレベーターだった。
1Fに降りると、neo東京で、赤レンガの古い建物や伊勢丹の風情のある建物と近代的な建築が混じっている。この駅ビルデパートは子供の頃から見ているところで
私は以前に行ったところに行ってみようと思ったが改装されていたのと一部店舗は閉店していてたどり着けなかった。
そうこうしているうちになぜか和室の部屋に入り込んでしまって
足の踏み場もないほどにたくさん布団が引いてあり、M先生が立って何か話している。
夢舎の合宿のようだった
私はそこで畳のヘリや布団を踏まないように、個人の荷物を跨がないように細心の注意を払いながら移動している。
そこを通り抜けて、小さな小道に入った。スペイン坂のような、清水寺の脇道のようなそんなところを降りて行ったら目が覚めた
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ここに書いたものは超現実的な夢だ。布団を踏まないようにと各個人の荷物を跨がないようにするというのは夢舎で始まった3人チームで夢解釈するのに変成意識でつながっているから気をつけようと思っていることを表している

天空のエレベーターホールに行く前に見ていた夢の部分は
とても感動的なものだったのにneo東京のものを追っかけ再生みたいに思い出していたら忘れてしまった。
エレベーターホールの前に、「ああ、これを覚えておこう」とつい癖で描写しようとしたら鐘が鳴り響いたのだけど、その音のえも言われぬ美しい旋律とその響きだけ覚えている
7音ほどの短いメロディだったけれど音の響きあいがすごく綺麗で私はうっとりした
その鐘は合図で「描写するのはストップ」「感じるだけでいい」というメッセージでもあったよ。
昨日、アーシャさんと話した時に、ハート瞑想で教わったことの大事さ
あの時聞いたことをずっと高めようと純度を上げようとしていること
つい癖で、受け取ったものを覚えておこうとしてモノローグみたいに文字化を意識の上で行おうとしてそれをするとどんどん解像度が落ちて行くのがわかったしずれて行くのがわかった。という話と夢の内容を話したら
受け取ったものを、夢日記で書くのなら
なるべく瞬時にハートでおろすことをやって見て そうすれば忘れない。という話だった。ちゃんと入っているからという。
鐘が鳴り始めた時に、ああ、この感動しているそのままをハートにおろすんだった

また描写しようとしてしまったなぁと音の響きにハッとしながら気がついた。
それはストップだよっていうメッセージがこんな綺麗な音で伝えてくるなんていいなと思った。注意やストップがこれっていいなと思った。
というのは覚えているのに肝心のその前のものが今思い出せない。でもきっと大丈夫なのだろう。描写できないと忘れてしまう失くしてしまうという恐れがきっとあったんだね。


音で思い出す夢で印象的なものがある。
今思い出すと同じ、構造(階層移動の節目で聞いた)に思う。
何かを受け取った後に、「この音の響きを覚えておくように」というメッセージ(実際にこういう風に細かく文字で言ってるんじゃないそういう意図というメッセージ)で
左耳に綺麗な音が響いていた。
そのとき数字も見えたのだけど

そうしたら音叉ヒーリングを受けた時に、次々と繰り出されるいろんな周波数の音叉の中で「あ!これはあの夢の中で言われた音だ」というのがあった。
そして、あっという間に引き上げられたので、そうだこのまま幽体離脱して何処かへ行こうそうだスピカにしようってスピカに行こうとしたら
スピカを満喫する前に先にゾスマにと言われ
ゾスマに行ったら儀式?が始まっちゃって獅子頭?ミカエル?みたいな人が磐座のようなところに立っていてその前に連れて行かれ私は五体投地みたいなことをして
剣を振り下ろされ背中をうっすらきられたのであった。
ちなみに関係ないかもしれないけれど、ジオセントリックの金星と恒星ゾスマが合している、パランやヘリオはない。
そしたらスピカに戻ったのか、人間の体ではなくなりとても気持ちよく

セラピストが戻ってきてと誘導していたらしいけれど戻るのが大変だった。

以前、クリスタルボウルでも同じことがあった

私はこういうスピ系な道に入ってきたのにいろんな通過点というか働きかけがあったなぁと思うものの一つに
友人のお姉さんの旦那さんになぜか、その旦那さんに初めてあった時というか友人にもお姉さんにも何十年ぶりにあった。その旦那さんは代々医者であって本人も内科の医者で手術もする方だったけれど

その人が突然に、君にこれを読んでほしいと
半田広宣さんの本を渡してきたのだった。確か10年以上前だと思う。
そうしたら読み始めたら、ずっと耳鳴りがするようになってしまった。
キーンというかシーンという音が聞こえるようになってしまった。
昨年、恒星探索練習会に来てくれていたKさんが練習会の前にクリスタルボウル演奏会をやってくれて
その時に、その耳鳴りが聞こえて来て
あ、UFOが来ているってなぜか思ってしまったのだ
そしてその時に、森の中の水辺が見えてそこに たまをうめよ とメッセージが来たのだった。
そしてここはどこなのかと聞いたら まさかのローカルな答えで「ナガノ」と言われたのだった。それで探したら、そこは諏訪湖
でももっと山の中だったのになと思っていたら神社のOさんが、それはここじゃないか?という龍眼の水源を教えてくれた。
私は遭難しそうになりながらそこに行ってみるとまさにそこはビジョンで見た場所そのものだった、桃源郷のような楽園のような場所だったのだ。
書いていて気がついたのだけど、冒頭の龍と、音で飛んだスピカに似ている、、エネルギーが。
その水源に行く前に見た夢も印象的でそれもつながっているので書きたい。
こういう感じでもともと地上のシンクロも強いのに
夢やヴィジョンもシンクロがあり、直近シンクロと年代物シンクロが織りなして行くので
頭と心が常に飽和状態なのだ。私がなんだか忙しいのは変性意識でも忙しいのに
地上のこともやらないといけないことが増えたからで
昨年はそれの極みだった。






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日常の記録

夢舎では、空のタットワ(紫の楕円)が始まった。
さらに、44名の中で希望者で3名ずつチームになってチーム内で夢解釈するという試みが同時に始まった。
私もドキドキしながら参加表明してみた。ドキドキするのは、変性意識でつながっている時に強い言葉(特に文字だと強く受け取ってしまう)に触れることに今は
輪郭がやわやわだからだ。このブログをやり始めた時は、夢舎に入ったけれど
他の人の投稿も読まないし書かないと決めていた。先生の動画も直後には見ないでオンタイムで見ないようにしていた。ZOOMも未だ参加していない。聴けていないZOOMも多い。

どんなことでも、わかっている(と思ってるだけの場合も多々あるが)けど
提案されたものを、ガイドからのメッセージと受け取ってやってみるというのが好きだ。
それは自分は食いしん坊魂に通じるものがある。食べず嫌いとか、固定概念に縛られたりして新しい味の体験を取り逃すのは最も避けたいのだった。
私は牡牛座の火星があるのだけれど、とりあえずきたものを食べるというのに使っているきがする、これはとりあえず押さえておこうという感覚だ。
昔は、間違った料理が運ばれてきた時は頼んだものと違うと断っていた(自分の欲しいものにコミットするのを大事に取り組んでいた)けれど
それも超えて食いしん坊の進化で、間違ってきたものも自分の想定内の味の向こう側の体験ができるかもと面白がって食べたりする。
好きか嫌いかでコレクションするのではなくて、とりあえず対象ターゲットは全て一応触れてはみたよっていう確認をしたいのである。


私は超高級な料亭やグランメゾンも一人で入ってしまう図々しさも兼ね備えつつ
〇〇横丁の床が油ギトギトの大衆食堂や、屋台にもふらりと入るのが好きだ。
ホテルのラウンジのコーヒーも好きだが、ドトールも好きだったりする
大衆居酒屋も素敵なBARも好奇心優先で一人で入ってしまうのである
味だけじゃなくて総合的な体験が好きなのだ。そして、目をつぶって食べた時に
全てを取っ払って味に集中した時に
場末の店のものが気取った店のものよりダントツに美味しいというのに触れるととても楽しい。値段のことを言ってるんじゃなくて、魂入ってるなと思うのだ。
そしてそれを知るには高級な店の味(丁寧な仕事を施された味や、良い食材を使っている料理の味)も知っておかないとわからない。
特に何もこだわってないと店主が言われる場合であってもそれは天衣無縫なエネルギーだったり
笑顔のブラックホール的な、てらいのない圧倒的なエネルギーがこもっていたりして
純度の高いものが入ってきて私は好きなのだ。

最近は、あんなに好きだった食べることも蕁麻疹が出るので少し億劫である。だいぶ良くなったし、食べ物のアレルギーではないのはわかったのだけど
消化活動とか何か内臓が活発に動くと蕁麻疹で反応するので結局何を食べても食べなくても出るのだ。それでも、だいぶ減った。