夢先案内人の忘備録

夢・幽体離脱・ヴィジョン視

タットワー青い丸(4)

タットワー青い丸(4)というか番外編

黄色い四角と、銀の三日月同様に
2月19日の恒星探索時に行ったタットワの記録から

青い丸 20190219
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受信台 
アイルランドアイスランド?にある
円形の巨大な切り株みたいな舞台?
体感=スッキリ しゃっきり
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この時は第五元素一気に5分ずつでクイックに回った。
わりにできるものだ。アンタレスの八街や、8方向や6方向の壁など
短い時間でクイックに回る練習というのは有効だと思う
それは、時間をかけるデッサンと
1瞬で全体や特徴を捉えるクロッキーとの違いで
本当に絵が上手な人はどちらもうまいけれど
画家の秀作やクロッキーは本当に素敵なのだ。
と、同じで
私はクイックに回って本のひとかけらしか掴んでなかったとしても大事だと思う。

夢舎で、あまり覚えていられなかったとか これだけって
書いている人がいるけど
全然気にすることないと思う。
それがあるから、逆に鮮やかに覚えているものとか
言葉だけソリッドにきた!とか
水彩画のように満遍なく豊かに滲みあってダラダラといつまでも描写できる みたいな違いがバリエーションを持ってわかりやすいし
そうなると、俄然、自分にとって何の元素が強いのかとか
どの五感が優勢に働いているのかわかると思う

正解を当てるとか、松村先生が言われたものその通りが見えるとか
そういうのと、自己評価や肯定感をくっつけてしまわないようにするのが大切ではないかなと思う 私にとってはそれは大事なバランスなのだ
遠回りしたとしても。どこか天邪鬼なのだろう。

精神宇宙探索講座(恒星探索)の時は、先に先生が説明しちゃうと
それに引っ張られてそれを見ようとしてしまうから
かなりシンプルに説明し 探索してシェアした後で
詳しく恒星の説明解説するという順だった。

もちろん、先生がコメントしてくれたらとっても嬉しいし、ありがたいし、学びになる。自分で考察すると自分の癖が出るから、違う着眼点をもらうのは突破するヒントになるから、殻を破るのは自分だけれど、ヒビを入れてもらうというような
きっかけが生まれるし。

2015年に、国立国会図書館に行って、スターピープルを創刊号から読みまくった時に
瞑想家の山田孝男さんの追悼特集があり、それを読んでいた中でとても印象に残る記事があった。
それは追悼特集の中では小さなスペースにあったおまけのようなコラムだったのだけれど
インタビューの後での雑談というか山田さんとのやりとりが紹介されているものだった
山田さんが「みんなね私に父性を求めるんだよね 男性もそうなんだよ」(そんなような言葉が書いてあったと思う)とぽつっと言った言葉が忘れらなくて
そこに続く言葉は何だったのだろうと考えた。

それに対して、記者の方は自分自身もそうだなあとドキッとして振り返っている記事だった。
私は、それがずっと心に残っていて
松村先生の周りでは男性もすごく先生とやりとりしていると少年のように嬉しそうだなぁって思う。
昨年、宇宙意識養成学校の講座で6方向の壁 立方体の説明をした時に
老賢者を誰に投影しているのか、自分でそれを取り戻すことができるのか
何と自己同一化しているのか すごく考えた。それをクリアにしないことには
全惑星意識にならないわけだから。

教わりながら学びながら 自己を確立していくというのはできるのだろうか。
私は信じやすく、だからこそ疑り深い
卵から生まれたばかりのヒヨコみたいに一旦信じたらどこまでもピヨピヨとついていく癖があるのだ
それがわかっているからいつも、何かを学ぶ時は自分が出来る限り源流を求めて
一番だと思う人に向かうこと、1流を見ること体験することを
最初に当たって見るというか砕けるというか
たのもーーーーーー!!!って行かないとダメだと思ってやってきた
なので、今は本当にホッとしているもう探さなくていいのだと
ここで学べばいいんだって。

また、引き寄せ力も強いので、変なところには行かないっていう人運もあって
というか私の最大のギフトは人に恵まれるということが一番だと思う。
なので今世では恩返しが間に合わないのではないかと戦々恐々としている
私の寿命はもう5年前に知ってしまったので、
とにかくさっさと成長して、はたから見て無謀だと思われても
ちゃっちゃっと進んで行かなくてはならないのだ
それくらいに思っていてちょうどいいくらいもともとがトロいという呑気でのろまと家族親族友人たちにも言われてきて
教師にも通信簿には毎年「欲がない」と書かれ続け 要するに覇気がないとかやる気がないとかぼーっとしているをそういう言い方で向上心のなさを諌めたのかもしれないけど

とにかくそういう私なので、寿命(それが何の根拠もない啓示だとしても)を認識した方が私にはクオリティライフを送れると思うし送れたと思う。でもそうやって設定しても今のこれなのかぁって自分の速度や体力知力にイライラするのだけど
マイペースでやればいいと思ったとしても
現状維持って落ちて行くことなんでしょう?どうしたらいいのだろう。
松村先生の古い雑記を読んだら。このままやり続けたら死ぬかも、、と思いながらやり続けているので、
私も残り数年の火星域もうどうなってもいいから破れかぶれ的に突き進むのがいいのだろうかっても思うし、またそれやっちゃうとリカバリーに時間取られるばかりで何もできなくなっちゃうかもって恐れがある。どうしたらいいのだろう。
こんなブログ書いてないでやるべきことをやればいいのだろうが、試験前に突如本棚の整理をしたくなる感じで書いて吐き出して隙間を作ることで、何かやっとできるという感じにも思う。。


占星術的に遡って見てみると私が最も辛かったのは2012年だった。
2011年もしんどかったけれど2012年のしんどさと言ったら本当に、、そう考えると今は地上的なしんどさだからあれに比べたらまだいいと思える
2012年は身近な人が突然たくさん亡くなって辛かった
特に、宇宙人の友達だと思っていた子が急死してそれがすごく悲しかった。
今でもまたおしゃべりしたいなとたまに思う、そうだ死んでたんだったって我に帰る。
ただの友達でそんなにしょっちゅう会うこともなかったのだけど
合えば朝までずっと話していられる友人だった。

私が好きな付き合いというのは、性が未分化な時代の自分のままで過ごせる相手で
例えて言えば、公園で知らない子と同じ遊具で遊んでいて
俺こんな遊び方考えついたけど 俺はこういうやり方でやってる
的な感じでワーワー遊び またなーって約束もしないで別れる というのがいいのであって
その友達はそんな感じだったのだ。
学校に爆弾が仕掛けられて、警察がきて大変になった事件があったのだけど
夕方のニュースにも取り上げられちゃってそれ以来学校の敷地に警官の門番が配置されるようになっちゃったのだけど
実はその爆弾はその友人がついつくちゃったものだったと後から聞いて
その子は、科学部だったので
家のガレージでも実験していて、夏休みに自宅のガレージを手作りの爆弾で吹っ飛ばしてしまった子だった。
でもとてもピュアな子で、繊細でとても楽しい人だった、今考えると宇宙人だと思う。

あ、何で思い出したのかわかった
この子がなくなった日がわかっていなくって死後何日かたって発見されたので
だけど5月3日に亡くなったということにしたらしいのだけど
私はもっと前だとなぜか確信があったのだ。
もしかして今なのかもしれない

私は震災の後にカードを仕事で受けるようになった。それは2011年の5月3日だった
今年でいつのまにかまる8年たってしまったの?信じられない
8年たってまだこんな感じ?ヤンなっちゃうよ。
寿命を知ってもう5年たってしまった。
もうそんな時間がないのだから、気力ないとか体力ないとか言ってる場合じゃない。
いろんなことやりたいけど絞らないといけない。

2015年に、音声教材に申し込んだ時にHさんから
今急いで申し込めば採用されるかも、でも質問が重要。急いでいてもしっかりとした質問をするのがいい って言われ
私は中原街道の路肩にギュイっと車を止めて
携帯から申し込んだ。その時、自分の寿命は後何年だからって考えると
自分にとっての本当の幸せ、譲れない幸せは何だろうかって考えた時に
私はやっぱり幽体離脱した時のあの喜びが忘れられないまた23歳〜25歳の時のように探求したい、でもそれにはまた心身をおかしくすることはできない と思い
健康的に霊感を鍛えるのに適した私なりの方法がチャートに出ているのなら知りたいって思ったのだ。それが一番の幸せで譲れない欲だった。でも一応、地上的なことも聞いた方がいいと思ったから キャンピングカーで移動しながら占いや料理教室などして暮らすにはって聞いたんだけどそれは優先順位2番の質問だった。霊感とか書いたら引くかなって思い遠慮して地上的なことも考えそっちを先に書いたのだった。
キャンピングカーは買ってないけど、移動して料理教室や占いでっていうのは夢はかなった。静岡で何回かやったり、沖縄や北海道や関西でローフードのワークショップリトリートとかセッションなどを行ったりしたので、それは体験できたから
とりあえずまたいつかブラッシュアップした第二弾をやれたらなとは思ってる

健康的に霊感を高めっていうのの答えは
アルフェラッツに飛べばいい とか 富士の穴に入ればいいとか
北斗七星に習えばいいとかいうアドバイスで はあ?って感じだったので
それをさらに知りたいがために私はヘリオセントリック講座というのに行って
そして、そのあと 精神宇宙探索講座の1回目につながり
今につながり
ついに、いま夢舎で夢の研究をしている 多人数で一応やっているので超健康的だ!
一人で人知れずやってのたれ死ぬこともないだろう。何という安心感。
素晴らしくラッキーだと思う。
そう考えると寿命から逆算して、まさか占星術でこんなに時間を費やすと思わなかったと思ったけれど
自分の心からの幸せ魂が喜ぶことに直結しているのだから
本当に良かったなぁ。

私の友人は、私がお墓にいったとき、まだそこにいて
まるで生きている時みたいに話しかけてきて
本当にいびっくりしたし 不思議だった
なぜ肉体はないのに、って
そのとき、まさか死ぬつもりなんてなかったんだと言っていた
だから、私は好きなことをやるんだって思ってる
というかもともとそれしかできないタイプなのだ。
興味がないことはできないのだ。
例え今心身の調子がイマイチであろうとも
私は今が一番幸せなんだよ。やりたいことがたくさんあって
あれもこれもこんなことも思いついた、って夢がたくさんある方がいいじゃないか
やり残したことはないって思うより
私はそっちの方が、いいなって思う。