夢先案内人の忘備録

夢・幽体離脱・ヴィジョン視

タットワー銀の三日月(3)

21190419 銀の三日月を意図して今朝みた夢

17日のイベントで燃え尽きて案の定しかばね状態でいる。17時だけど起き上がれなくて飲まず食わずでいる。
でもちょっと夢を見たのでメモをする。早く夢舎のリズムにいおい着きたい。火の三角を始めたい。今日もZoom講座だったらしいけどすっかり忘れていた、というか覚えていても出れる状態じゃない。

今日の夢

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洋館というかシャトーにいる
豪華なお屋敷
guest roomがいくつもあるような家に招かれて
食事をしたり 歓談したりしている


パウダールームに行くと
試着室のコーナーになぜか
高校の制服がハンガーにかかっていて
経年劣化しているのをみている
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ほとんど覚えていられなかった。

この屋敷もたまに出てくる屋敷で、木が流麗であり重厚なのでアルフェラッツ系
アンドロメダかペガサス系だと思う。

ボールルームや、ホワイエなども備えたすごい屋敷で、
パウダールームが普通の家くらい広い。
木の部分は磨き上げられていて、床は木のモザイク模様である
ヨーロッパの屋敷というか小規模な城だと思う。

一つの部屋は壁の半分がシルクに描かれた花で
額縁のように壁細工が美しい。
そこで私はもてなしを受けている。数人周りに人がいて皆外国人女性と
バトラーのような方が数人いる
宇宙からの「おつかされま〜」の慰労的な夢かもしれない

高校の制服はセーラー服で、しかも春と秋に着る用の薄手の長袖のクリーム色のセーラー服でこれを着ていると誰でもお嬢様に見えたものだ。

シーンとしては2枚でとても少ないけれどわかりやすい夢である。


以前書いたけど、
ラッシュガード
スキンガード
羽衣
薄いコーディガン(薄手のコートのような長さのあるカーディガン)
これらはみんな
宇宙から地球に行ったり来たりするように用意されている
天女の羽衣的な機能を持つものだ。

高校の制服は、夏服でもなく冬服でもなく合服(春と秋の一時期しか着ない)であった。
はっきり言って、合服が夢に出て着たのは今回が初めてかもしれない。
また、高校は青いスカーフだけど
中学は赤いスカーフだ。青いスカーフだった。青というのも意味があるのかも。
まぁ水だから青なのかもしれない単純に。

夏と冬というコントラストの強いものの間をつなぐ 本のひと時のために用意された制服が出て着てそれは薄手の生地で白で経年劣化している
羽衣はもうくたびれているよ、 スターピープルよお疲れ様でという夢だ。
制服なので、ミッションの関連をやったのかもしれない。

羽衣がくたびれている夢で1つ思い出しものがあるので、関連してると思いここにも書いておく

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私はバスに乗っている。
このバスには人が何人か載っていて、それぞれが派遣されるホームステイの場所に順番に停車して一人また一人でバスから人が少なくなって行く
私が最後の一人だった。私が派遣されるところは
イギリスのようなところで、森の中の沼地、湖畔のような地域にある屋敷だった。
そこに行く。

場面は変わり、私はその家のお母さんとお父さんさんのそばでお手伝いをしている。
身の回りのものを整理していて、洋服などを畳んでいる。
すると、ふと手に取ったものが
妹が私にもたせてくれた最新の多機能のスキンガード?(妹はスキューバーダイビングサークルに所属していてライフセーバー<海やプールの救命監視の資格>を持っていた。なので海に入るためのボディスーツの進化版のようなものを地球へホームステイしに旅立つ私にもたせてくれた)がなぜかそこにあり
それは新品であったはずなのに ボロボロに使い倒されていた。
私はこれを手に取って
「これは私のだから、持って帰りますね」と伝えた。
すると、傍にいたその家のお父さんが
「それは置いてってくれ。お前はこれがなくても自由に行き来できるだろう。私たちはこれがないと行き来できない」という
私はそれを聞きながら、返事はせずにでも硬く心に誓っている
(これは持って帰ると)
すると、今度は西洋占星術マスター2の本があり、
なぜこんなところに!?私の?と思い手に取る
私のだったら扉のところに執筆陣全員のサインが書いてあるはずと思い表紙をめくってみるとサインは書いてなかった。私のではないのだ。その代わりたくさんの落書きが書いてあった
落書きではなくてメモだった。それは日本語ではなく
見たことのない文字やシンボルが書きなぐってあった。
こんなシンボル見たことない。
ページをめくると何ページにも渡っていろんなシンボルや見たことのない文字が書いてあるのだった。
そしてよくみると、見たことのない文字やシンボルにもかかわらず
私の筆跡なのだった。
私は書いた覚えがないのに、この本は私の本に間違えがなかった。
私のマスター2は家にあるはず、サインが書いてあるものは。
でもこのホームステイ先でも、私はこの本を持っていたのかと思い
この本も持ち帰ることにした。
すると、あたりが突然暗くなり、何やら儀式が始まった
祭壇ができ上がっていて両はしに篝火がたいてあり
白い祭壇の上には変わった形の燭台にすげられたろうそくが何本も灯されていた。
この家のお母さんは座ったままの私を引きずるようにして
ずずいとこの祭壇の前に連れていく。
そして頭を下げさせようとして、儀式を行なおうとする
要するに、洗礼のようなものを私に受けさせようとしているのだった。
私は「え?え?」と思いながら
寸前のところで、この祭壇の感じと火の感じ、、、
これはゾロアスターだ と思った。
私はゾロアスター教に興味があったがどちらかというとミトラ教の方が興味があった。
というかその源の方に興味があったので好奇心はあったのだけども
こういう儀式というのは心から信じ、帰依して行うものという認識であったので
ただの知的欲求や好奇心で儀式を受けるのはいけないと思い
かなり強引に力を込めておばさんの手を振り払い
私はその祭壇から離れた。
そして、階段のところまでいきしばし離れて佇んでいると
どこからともなく ドドドドという音がしてきて振動が響いてきた。
私はびっくりして階段の途中にある窓のそばまで近寄る
すると窓のガラスがビリビリと振動し、窓に顔を近づけている私の頬の産毛も撼わす勢いで音が響いている
いつのまにかに、今実際に住んでいる家の階段に私は立っていて窓のそばに立っている
(実際の家も吹き抜けの螺旋階段が地下から3階まであり途中に窓がいくつもある)
なんと窓のそばギリギリにヘリコプターが来て浮いているのだった。
私はそれを見てなぜかすごく安堵した
「ああ。迎えに来てくれた」と思ったら即座に私は
目の前の窓を通り抜けてそのままヘリコプターに入った。
ら目が覚めた

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この夢は2018年の冬に見た夢だった。
私は一つのことをやめる決断をしていたから見た夢だと思った。
バスに乗っていた人たちはクラスターだ、これはスターピープルたちが地球に派遣されている夢というか行き来の夢かなと思う。

このころは極限的に
いろいろと人との関わりで疲弊していたので
この時のボロボロになったスキンガード?ラッシュガード?をみて
自分の体だと思った。
ゾロアスターや西洋占星術の本に関しては
宇宙の法則を地球に持ち込んだ時の劣化したものの象徴に思う。
地球生まれの宗教にこの私が帰依するわけないのだ。という感じ。
夢の中でたまにこういう上から目線があってなんなんだろうと思う。
とこうやって描いてはいるけれど
地上の私は、絶賛占星術にどハマり中で勉強するのが楽しくて楽しくてしょうがない。
私は何重にも自我が重ねっているように思う。何か乖離しているんだ。

本の中に書きなぐってあったシンボルは、地球だとこういう翻訳になるのかという
私のメモであろうと思う。これは本の内容のことを翻訳と言ってるんじゃなくて
地上での生きるありとあらゆることが
宇宙人には珍しいことだから、へえこういう風に現象として現れて出るのか
という時空のことをメモしているのだと思う
これを持って帰ろうというのは体験学習のレポートを持って帰るということだ
地球のホームステイ先のお父さんが、お前はこれがなくても行き来できるのだから
置いていけと言ったのは
まさに羽衣的な機能のことを言っているのだと思う。

妹として出て来たのは、私の宇宙人仲間だろう。
水のタットワのneo熱海でも妹が出て来た。
今回の制服の合服(春と秋用)も夏と冬という2極をつなげる服だから同じ羽衣で
そしてそれもボロボロだった。
私はとても疲労している。
松村先生は85歳まで生きるのだそうだ。
私は、それを読んで気が遠くなった。私が強くそれを望むならもっと最新多機能の羽衣を新調しないとならない。
そういう意味もあり、このブログの最初の夢日記に出て来た
グラナイトギアのトランスパレント最新で多機能で、薄くて軽くて剛健で透明で美しいあのツールを見せて来たのだろうと思う。

このヘリコプターの迎えがきた時の心からの安堵を忘れられない。
本当に安心したのだ。帰れると。
この時、最高に具合が悪かった。

地球に出向に来ていて、夢の中でたまに帰ってるというものは
ヒプノセラピーでもヒーリングでも夢でもなんども出て来たものだ。
西洋占星術にハマるよりもずっと前からのものなので今更なんだけれども
子供の時から見ていたと思う。
なので果てしなく長く感じるのだあと20年もどうやってこのテンションのままやっていけばいいというのだろう。
2015年に次元の本というのを読んだ時に
この人は20代でこれがわかっててこれを持ちながら地上的なものもやり遂げて走り続けているのかと思い

私だったらこのギャップに耐えられそうもないと思い。
でも生きて来た人がいるんだから
自分だって少しは出来るだろうと思って、
この時から先のことを考えられるように変わった
それまでは半年先のこととか来年のこととか考えられなかったのだ。
自分はいつも記憶というか時間が点でしかないので線状になっていないから
逆算とか優先順位をつけるのが苦手で20代からの20年間は世間はどうやら点じゃないらしいから線状に適応しないといけないということへの奮闘に力を注いでいたように思う、しかしそれも、スピリチュアル系の本などで、線から点になろうとしている人もいるとしりオヤ?と思った。私の努力はなんだったのかと思った。
また占星術を通じて松村先生からの学びの中で
なんだ、点でよかったんじゃないかと思った。元に戻ればいいのだとホッとした。

夢の考察に戻るけれども、QHHTの初回で言われた、「占星術をやりすぎないこと」というのもこの夢に現れている、やるならゾロアスターなどの太陽信仰時ではなく星信仰時代の占星術をということだ。
私は伝統占星術ってまだ勉強していないけど、メソポタミア天文学の講座を聞いて古代の占星術に触れてわかったのは
恒星探索は伝統占星術だということだ。
占星術の世界から逸脱したトンデモ系のものに思われるけれども、伝統占星術というか星を線で繋げて星座にして見たりとか神話を作って見たりとか
その始まりは星を見ていて星に飛んで受け取ったものを覚えていられるように
線で繋いで形にして意味をつけたり 受け取った法則やメッセージを物語にしたのだと思う
だから恒星探索は超古典なのだと思う。

私の水が足りない問題はどうすればいいのだろう。故郷の星との関係をもっと深くすることなのか、地上の水をもっと活性化すればいいのかな。
でも、私は人との関わりがとても苦手である。愛情がないわけではないと思うけれども一人の時間がないと無理なのだ。ずっと一緒にはいられない。

愛情(宇宙や星からの愛)を星座や神話にして形にして残す(土)残したり伝えたりするために知を使う。
この後の火や風のタットワはどうなるのだろう。