夢先案内人の忘備録

夢・幽体離脱・ヴィジョン視

ただの日記

昨日は、宇宙意識養成学校の松村潔講座で「ジオセントリックとヘリオセントリックの対話」を主催した。
もともと何かイベントがある日の前夜は眠らないのだけど最近は
緊張が激しいのと蕁麻疹でよく眠れないので日中の変なタイミングで寝落ちして何時間もロスということもあり
仮眠して眠ると夢見て全てがリセットされてこの講座を忘れることもあり怖いので、そういえば会場の下のスタバは7時から開店しているのを思い出し、リストやアンケートはスタバで行い隣のファミマで印刷すればいいと思った。
以前から、自分一人で行く場合はどうせ寝ないんだから会場のそばの駐車場で寝るかすればいいと思っていたのだそうすれば安心だと思っていた。
私は、男だったらきっとホームレスみたいになっていると思う。
男だったら、きっと路上で気分の赴くままに寝ると思う。
根津美術館の庭がすごく気持ちが良くて、特にある一つのベンチが気持ちがよくて
私はここで寝たいと直感が湧いて出て止められなくて
ベンチをまるで寝台のように堂々とそこで寝た。
また、多摩川でやる花火大会では張り切ってブルーシート6畳をペグうちして場所取りをし、
時間になったら家からガーゼケットと枕を持って きちんとお布団に入るようなスタイルで花火を見るのが好きだ。
今の住まいは無駄に広いので、猫のように家の中で好き場所を転々として寝たりする。

そんな感じで、公園などでもこの茂みの横で寝たいと思うと止められない。
海外でドイツなんかはそういうことをしても自由だからいいんだけど
日本だとやっぱり注意されたり、起こされたりするから面倒なのだ。
それに
女だと事件に巻き込まれたり、心配されたりする危険があり面倒なのだ。

私は傘を持つと忘れたり忘れちゃいけないって思い続けなくちゃいけないとか
もともと手ぶらが好きなのに傘を持ち歩かなくちゃいけなくてわずらわしいとか
雨の日に傘の真ん中を持って先端を後ろに歩いている人に突き刺しそうに振り回して歩く人に出会うのもいやという理由で傘が好きじゃない。
面倒だからもはや雨が降っても傘をささないって決めていて20歳の時からそんな感じなんだけれども
親切な人がたくさんいるから見知らぬ人が傘に入れようとしてくれたり
傘を貸してくれようとしたり(返しに行くのが面倒)するので
かと言って理由を説明してなんか反応されるのも疲れるし、これについては共感も求めていないし
差し出された親切を受け取らないのも申し訳ないので、仕方がないから
私は雨が降ると走っている。「忘れちゃったんです〜〜」って言いながら走って去らないと、傘を探されたりして申し訳ないので急いで去るのだった。
そしてその場を走り去って見えなくなったらゆっくり歩いて雨に打たれてる。

同じ感じで、靴下バージョンもあって
靴下の片方がなくなり、探すのも面倒なので靴下は黒に統一して
多少違っていてもまあいいやってしていたところ
靴下が左右違うのをいちいち指摘してくる人もいて面倒くさいのともともと
靴下も好きじゃないから裸足でいたいので裸足にしていた

最近はそうは言ってもTPOなどで、靴下を履かないと申し訳ない場所とかあるので
なんとかしないとなと思っていたところ
あと気力もなく洋服を考えるのが面倒なので
ワンピースをスポッと着るのが便利だとわかった
そして裸足じゃないけないところでもストッキングやタイツだったら、片方無くならなくていいとわかった。そうすると出かけるときに1アイテムだけ。裸足じゃいけない場所ならタイツを履いて2アイテム 冬でもコートだけで3アイテムで済むのだ。
なんて楽なのだ、下着もブラスリップというのがありそれを愛用している。
というかそもそもブラジャーが好きじゃない。早く日本もブラジャーしなくても変な目で見られなくなる国になったらいいなと思う。
新卒で勤めていたところは変わった職場で、自由人や過激な人が集まった公益社団法人でデザイナーの団体だった。硬いんだけど柔かいみたいな。富士サファリパークみたいな感じというか。だからというわけではないけれど、サファリシャツなどマチのついた胸ポケットのあるシャツを着てノーブラで通勤していた。その頃はしかも手ぶらポケットに会社の鍵と定期と携帯とマネークリップだけ入れて通勤していた。金髪にしても髪を青くしてもいい職場だったけれど
総会とか何かイベントがある時だけコンサバになったり華やかになって受付嬢をすればいいというところだったのでそのようにしていて楽しかった。



昨日、
山に顔が見えるという話をした時に、先生から、車の時はダメだよと言われてびっくりした。
この間のタイムラインで、「分裂していくのではないかという恐れは土的な物質的なものが自分だという思いがあるからなのだ」ということを知り
統合していけばいいとのことだったので
怖がらないでどんどん突き進めばいいのだと思い直したばかりであったので
え!?もしかして止められた? って思い、あれ?ってなった。
 
という感想を、講座の終わった後に、TさんとKさんに話したところ
「車の時にそんなことしてはいけない」と二人によってたかって言われ
私も、やろうと思ってそうなってるんじゃなくて車に乗ると勝手にそうなってしまうから
コントロールできないもので
そんなこと言われてもと思い もはや運転しないほうがいいのではと思い
そうなると私の気分転換は何もなくなる。
 
しかし、先生は薬の体験も推奨されたり過激な修行の話もされるし
死にたい人は死ねばいいということをさらっと書かれていたり
あきら氏は吐き出して爆発して死ぬのですと書いてあったので
私的には あれ?って思ったんだ。ということをTさんとKさんに話したら
それは本当に爆発してバラバラになるという話ではなくて
表現してクリエイトしての爆発なんだということと
先生は意外にちゃんとしている方だから、頭が硬い人には逸脱を
もともとゆるい人には社会的にしっかりやれというバランスを保った方だと言われ
 
私は言われたものをそのまま受け取ってしまうの脳の性質があり
未だに駅の案内で「黄色い線の内側に入ってお待ちください」と聞こえると
黄色い点字ブロックの上を歩いてしまいそうな自分がいる。
大人になれば、それは間違いだってわかったけど
おそらく同じような感じで、みんなにはわかりきっていることが
自分にはずれたままで認識していることが知らないだけで多々あるのだと思う

昨日は、松村先生の反応に あれ?って思い
なんで先生はあのように言われたのだろうって思ったことをTさんとKさんに話したら
また同じく あれ?って思い
もしTさんとKさんに言わなかったら 無視していたと思う。
今も、まだしっくりこない。

山じゃなくてビルにして、歩いているときにそうすればいいのかな。
でも別に見たくて見ようとしてそうなっているわけじゃない。

最近、道路を渡るとき、危ないって止められることが多くて
見たけど、見えてなかった 見えてなかったから安心して渡ろうと思ったら
車が来ていた。あれ?ってなって

もしかして、勝手に視界が変化しているのかもしれない。

 
死にたいわけではない
ただ、父や母や妹には私が意外に早く死んだ場合の理由は死因はなんであれ
子供の時からの性格で、うっかりとかぼんやりが理由だから
悲しまないでもうしょうがないなって笑ってくれと20年前から話してあったのと

幽体離脱で感じたあれが、おそらく死だと分かったから
何かがずれてしまったのではないかと思う。

なのに、体調悪いと、元気になりたいなって願ったり工夫したりする。
ヘルニアで寝たきりだった時のことを思い出せば
ただ歩けるだけでなんて素晴らしいんだろうって思う。
だから、やっぱり事故などに気をつけないといけない。
でも車に乗ると全てがわからなくなってしまうという状態になるなら考えなおさないといけない