夢先案内人の忘備録

夢・幽体離脱・ヴィジョン視

タットワー黄色い四角(3)

過去のタットワー黄色い四角のメモ
2月19日の恒星探索練習会でやったもの

20分の間に、小刻みに見て行った。
今回は黄色い四角のメモをこのタットワの黄色い四角の(3)に書いておく

空(紫の楕円)
土(黄色の四角)
水(銀の月)
火(赤い三角)
風(青い円)
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白い牡牛
 ツルツルとした皮膚感でセクシーに横たわっている

白い象になった
 像はいろんな色の宝石をつけている

タージマハルになった

 そこで暮らしてる
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考察、これについてよくよく考えて見なかったけれど
白い牡牛というのは、ギリシャ神話ではゼウスの化身でエウロペを乗せた牡牛だと思う。なぜ黄色なのに白が浮かんだのかわからない。でもシリウスが白なら(1)と(2)に書いたことと関係もある
ヨーロッパを作った語源でもあるから土地とか枠組みにも関係あるといえばあるので土ぽい
何より、牡牛座というのを考えれば土である。
2月19日より前に、2月3日の夢の講座でこのタットワの修行を松村先生から聞いたのでやって見たときすでにやっぱり五角形になっていたので
この時も五角形から無理やり白い牡牛になった感があるそれは角が2つ生えた牡牛の頭のツノやら耳やらのフォルムのゴツゴツ感からこうなったのか。
事前に説明で世界のカードの説明した時に牡牛座と話したからかもしれない。
何よりも集団でやると相互に影響があるので一人でやるときとは手応えが違って
新たな発見があった。

白い牡牛がセクシーに見えたのは 西洋絵画のこのエウロペがセクシーでつるっとした肌が美しいからだと思う、西洋絵画で描かれる神話のほとんどは肉体美の美しさを描きたいからでもあるので、とりわけ肌が白く滑らかで何かヌラヌラとした感じで描かれているものが多い、でもこの時はこんな連想を瞬時にしていないので
記憶の貯蔵庫にあったものを無意識に引き出して来るのだろうと思う。
夢日記で言葉にするとこれを頭の中で読み上げるだけでも数秒かかっているが
全ては1枚のシーンでばあんと現れるのをいちいちこうやって書いている
過去に書いた夢日記もいちいちストーリーになっているけれど
実際は、映画の絵コンテとか台詞のない四コママンガのように濃縮された1シーンが基本だと思う。
チャップリン無声映画のように、セリフがなくても表情や仕草、光と影、フォルムで
1つのシーンが雄弁に語り伝わるのは誰でも体験していることだろう
私たちはそれを自然に頭の中でそこから得た印象を自分なりに描写して自分なりにト書きを加えたりモノローグしている。
その、「自分なりに」というのに、メンタル界から来たロゴスのビット落ちがあったり、また、自分のトラウマ(4元素のアンバランスさや、自分が見たいものだけを見ることで起きるデフォルメや排除された死角)による思い込みの固着などがある。

話は戻って、私は土から牡牛座ときて白い牛が浮かび残念なほどにとてもオーソドックスな発想だと思う
白い牡牛とかエウロパの流線的なカーブから
なぜか白い象が浮かび、インドのタージマハルになった。
インドは行ったことがない。白い牛から白い象の飛躍と、白い象は象の神様いたなと思いインドに結びついてタージマハルになったのだろうか。

こういう流れを考えると 夢でだんだんビット落ちする過程という感じで面白い。
 五角形が浮かび
 白い牡牛になり
 白い象
 タージマハル
 
という流れを あれこれ解説するということ自体が
階層を流れていくようで面白い。
こうやって解説していること自体が物質体なのだと思う
説明はみんな物質に思う
でも土には全てのエレメントが入っているから
第五元素に向かうものなのかもしれない
白いセクシーな牛、や宝石を身につけた白い象、タージマハルに住む などは
金星の象意も加味されていると思う。

第五元素といえば
私は、大乗仏教の地獄即仏界とか 煩悩即菩提とか
餓鬼から菩薩とかそういう ダイナミックなロゴスが好きだし長年馴染みがある。
それ以前の、時間軸に縛られた一番下から段階を重ねて上に向かっていくっていうのは好きじゃない。
だから、月を貶めるような占星術の説明も月ってそんなもんじゃないよねって思う。

欲望は前進するためのエネルギーであるから滅却するのは間違いだと思う。

欲望や感情に支配されるのではなく、それを乗りこなすこと
包括して力に変えていくこと
頭ではわかっているのに無明の闇に掬われてしまう。
法灯明や自灯明のことも子供の頃から馴染みのある説明で
まさか占星術でそんな話が聞けると思わなかった。
私がずっと求めていたものは
東洋や西洋との違いとか
いろんな思想や哲学や神話や宗教の違いを超えて
重なっている真理が知りたいと思っていて
それを学べる分野は何ていう名前なのかもわからなかった
7年前に、占いのイベントで一緒に出演していたHさんが実は超ご近所だったということで仲良くさせていただき
7年前のある日、トランスパーソナル学会?の講座に出て後で興奮して
トランスパーソナルなことを教えてくれる大学がアメリカのサンフランシスコにあるとしり 若い時に知っていたらこの大学に行きたかったのに!と話した
Hさんにこの時の講座の講師のことを話したら、この講師はHさんが若い時に一緒に瞑想会などに参加していた人だそうで、
Hさんというのは、こんな感じで私が何かを学んで興奮して報告すると
大抵のことはその人のことを昔から知ってるもしくはその人のことや物の源流を知っているので
私はだんだんもはや最初から、Hさんにまず聞いてから必要な本や人を聞いた方が源に繋がれると思うようになった。
このトランスパーソナルの講座に行ったのは、私の中学の同級生が脳科学者で久しぶりに連絡がきて一緒にこの講座に出てくれないか怖いからと誘ってきたからだった
彼女はいつかのテレビ番組で日本で一番頭の良い人という称号を取っていた
それもあって、彼女が求める講座と講師のさらに源流を知っているHさんというのは一体全体何者なのだろうか、と改めて思ったのをよく覚えている。けれど
Hさんというの徹頭徹尾、自分を矮小化して表現しなるべくすごくないようにおちゃらけて話す方で少しでも褒めたりすると割と真剣に怒るような人で稀有な方に思う。

この時に、今更フランシスコの大学に行くのは無理だからとりあえず
この私の求めている分野は何なのか何ていう本で誰が教えてくれるのか聞いたら
それならまずは、シュタイナーだと言われた
Hさんの子供が通っているシュタイナー幼稚園のお母様向けにシュタイナーの翻訳を夫婦でされていた方の奥さんの方がオイルトミーやら何やらの先生もやっており
その方が月に1度シュタイナーの読書会をしているからって誘ってくれたのだ
その読書会はすでに何年も続けてこられた会であったけれど
その会始まって以来の、幼稚園と無関係な参加者だった。しかも独身小梨である。
超アウェイだった。カルマ論の最後と、メルヘン論と、薔薇十字の本を何年もかけて読んだのだった神智学に入ったらあまりに忙しくなりすぎてずっとお休みしている

そんなこんなで、西洋から見た東洋哲学ってこうなるのかってとても面白かったけど
いちいちこんな風に説明しないとダメだなんて本当に
ヨーロッパは父権社会で、石の文化で、キリスト教社会って硬いなぁと思ったし
途中で出てくるたまにあるシュタイナーの偏見というか結構きつい断定口調というか
攻撃性にびっくりしたり ふうんと思った
そこの会でそんなことを言うのは到底認められないので
言えるわけがなかった。
でも、読書会がきっかけで西洋占星術の講座に誘われて今があるから
本当に大事なきっかけだったと思う。

それから数年後の4年前2015年の博多で行われた第1回目の精神宇宙探索講座で松村先生の講義の冒頭3分で
私がずっと待ち望んできた勉強はこれだと思ってすごく胸が震えた
お金をためて大学に行ってどっか比較神話学とか比較宗教学とか社会学とか哲学なのか何なのかあれこれ調べてどの先生に習えばいいのか何の本を読めばいいのか
いくらかかるのかと途方に暮れていたから
もう探すことがないんだとすごくホッとしたのだった。まさか占星術がきっかけで求めているものに会えると思わなかったのだった。
それに頭の中に「マニアッタ」と声が聞こえてびっくりした。



日常の記録
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東京は低気圧がひどく、起き上がれない
私は超低血圧で上が80の前半で、平熱も35度8分なので、気圧が低いと何もできない
朝から寝ながら、パソコン仕事をしていたが本当にきつかった。
もっと大変な人がいるのは重重わかっているけど
きついものはきついので仕方ない。

気がつくと15時になっており、頭がジンジンしてきたので何か食べようと思ってスープを飲んだが
食べてしばらくして立ち上がったら一気に気持ち悪くなり全て吐いてしまった。
お風呂に頑張って入ったけれど余計に疲れてしまった
夜になり、さっき吐いてしまったから何か食べようと割にたくさん食べたが
食べて疲れて横たわったら、胃が圧迫されたのかやっぱりそのあと吐いてしまった。
15時まで飲まず食わずだったので、脱水症状になり久しぶりに激しい頭痛だったので
私は頭痛すると吐くというのが子供の頃から定番なので
久しぶりにそんなことになってしまった。

久しぶりってすごいことだ。QHHTで子供の頃からの頭痛もちを直してもらってから
ほとんど頭痛がなかった。
以前は一ヶ月の半分ほど頭痛で、ロキソニンをお守りのようにお財布や車のサンバイザーや化粧ポーチやカバンのポケットやらに持っていた。
頭痛と吐き気はセットだったので、人混みに行くと頭痛がする私は
家で過ごすのが好きだった。
12年間の電車通学では頭痛と吐き気が当たり前で、当たり前すぎて忘れていた。そんな自分がいたことを。
また、鼻血もひどかったので私の食傷過多の吐き出しって、鼻血とか嘔吐でよく使われてしまっていたのではないだろうか
今思うと、被爆の症状ととても似ている。光化学スモッグの強い時代に子供だった人はうっかりと知らないうちに被爆していたこともあったのではないだろうか。
それくらい、本当に疲れた疲れたといってのんびり家でゴロゴロしている
のび太みたいな子供だった。

思えば、水星、金星、太陽の時代はずっとそんな感じで
火星期になって何やら活動的になったように思う。
今、自分の周りにいる人は占星術のチャートを見てこういう自分がいるのだからこうなってみせよう、もともとある素質をもっと伸ばしてみようと奮闘しているところからしか出会ってないので
私のことを火が多く、活動宮が多い人って見るのかもしれないけれど
自分ではそれはすでに乖離している自分でしかないというか。
今、心身の体調が落ち込んでいて なんでこんなになっちゃったのだろう、、、、って思うけど
考えたらこっちがデフォルトじゃなかった?って思い出すというか。
心身に従っていたら何もできないから18歳くらいから無理するようにやってきたけど
基本的にそれは本当に鞭打っている状態だったのを思い出した。